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東京高等裁判所 平成3年(ネ)768号 判決 1994年10月26日

控訴人

千葉県

右代表者知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

原島康廣

野口敬二郎

右指定代理人

飛山利夫

外三名

被控訴人

滝口勝征

滝口悦子

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

渥美雅子

被控訴人ら補助参加人

田村一雄

右訴訟代理人弁護士

浜名儀一

小川雅義

近藤一夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  右部分につき、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人らが控訴人に対し、控訴人の設置している高等学校の相撲部員であった被控訴人らの子が相撲部の合宿練習中に熱中症に罹患して死亡するという事故(以下「本件事故」という。)が発生したこと及びその事故の発生については相撲部の顧問をしていた教諭に過失があったことを主張して、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求した事案であり、原審は、被控訴人らの請求の一部を認容し、控訴人のみが不服の申立てをした。

一  争いのない事実等

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」第二の一記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏一一行目の次に行を変えて「被控訴人らは浩二の父母である。」を加える。

2  同三枚目表九行目の「一〇名」を「野中某」に、同一〇行目の「五、六人を相手に」を「一人を相手にした五、六回の」に、同末行の「ぶつかり稽古」を「一〇番勝負」に同裏四行目の「五〇回」を「三〇回」に、同六行目の「これを続けさせた」を「続けて行うように指示した」に、同九行目の「浩二は」を「道場内の土俵の外に」にそれぞれ改める。

3  同四枚目表六行目の末尾に続けて「乙一五・一六の各一、証人白石芳照、同山本啓一、弁論の全趣旨)」を加え、同末行から同裏一行目にかけての「あと、しばらくしてから」を「午後二時ころ、山本教諭が『いつまでもそこに寝かせておいてもしょうがない。日影に入れなさい。』と言ったので、白石教諭は、浩二を」に改め、同二行目の末尾に続けて「(乙一五・一六の各一、証人白石芳照、同山本啓一)」を加え、同九行目から一〇行目にかけての「あとで」から同五枚目表二行目の「救急車で」までを「その間、白石教諭は、山下教諭と相談して、天羽高校の近所にある天羽診療所に診療依頼をしようとしたが、その場にいた生徒から、同診療所が休診日に当たることを聞いた。そこで、山下教諭は、午後四時ころ、玄々堂君津病院に診療を依頼するため電話をしたところ、休診時間中なので医師に聞いてから連絡するとのことであり、その後、病院から至急連れてくるようにとの連絡があったので午後四時四〇分ころ、山本教諭が救急車の出動を要請し、間もなく到着した救急車に白石教諭が同乗して」に改める。

4  同五枚目表六行目の末尾に続けて「甲一九、乙一五・一六の各一、証人白石芳照、同山本啓一、弁論の全趣旨)」を加え、同一〇行目の「体」を「顔」に改め、同一一行目の「浩二」から同末行の「など)や」までを削る。

5  同六枚目裏五行目の冒頭から同七枚目表二行目の末尾までを次のとおり改める。

「二 争点に関する当事者の主張

1  浩二が急性心不全を起こした原因

(一) 被控訴人ら

浩二は、心筋の肥厚、軽度の心筋炎による慢性的肺鬱血の状態にあったところ、本件合宿当時下痢状態にあり、このような身体状況のもとで熱中症による欝熱、脱水状態等の循環不全が継続したため、急性心不全を発症したものである。

(二) 補助参加人

浩二は、湿度七五ないし七八パーセントという熱中症が発症しやすい環境下で相撲の練習中に意識障害を起こし、病院に搬入された時には、高体温、低血圧(ショック状態)、頻脈、頻呼吸、意識喪失、全身痙攣、不穏状態であったので、熱中症に罹患しており、これが急性心不全の原因となったのである。

(三) 控訴人

浩二の急性心不全の原因は熱中症ではない。浩二は慢性的な肺欝血症と心臓の肥厚の疾病を有しており、これが急性心不全発症の大きな要因となったのである。

2  白石教諭の過失

(一) 被控訴人ら

(1) 白石教諭には、相撲部の顧問として、他校における合同合宿に自校の部員を引率して参加するに当たっては、次のような注意義務があった。

① 食欲等を含め、絶えず部員の健康状態につき十分なチェックをすること。

② 合同合宿全般にわたり、無理のない計画をし、いたずらに他校の生徒と競い合いにならないように配慮すること。

③ 部員につき何らかの異常を発見した際には、速やかに容態を尋ね、休息を取らせるなど必要な処置を講じること。

④ 部員が何度となく倒れ、意識を失うなど極めて異常な事態が発生した際には、直ちに医療機関による処置を求めるための手配をすること。

(2) 本件合宿当日、浩二が、昼食をとらず、水分も摂取せずに運動し、その間、運動の中止を申し出ているとの事情の下で、合計四回にわたって倒れた末意識を失うという異常な状態を示したのであり、白石教論としては、病名は何であれ、浩二の身体に異常な事態が発生したことは容易に認識できたのであるから、直ちに医師による処置を求めるための手配をすべきであったのに、漫然とこれを見過ごし、浩二に水を掛けるなどいわゆるカツを入れるような行為をした上、長時間にわたって盛夏の日中室外に放置しておくなどして、医師による処置を求めるための手配をすることを遅らせた過失がある。

(二) 補助参加人

白石教諭は、遅くとも浩二に水をかけたが目を開いたのみで名を呼んでも反応がなかった時点(午後一時二〇ないし三〇分ころ)に、同人に異常な意識障害が起こっていることに気付き、医師に診せるよう要請すべきであった。そうしていれば、冷却効果はより高く、浩二が死亡するような事態にはならなかった。

(三) 控訴人

(1) 白石教諭は、午後三時四〇分ころ、浩二の顔色に疲労が回復した兆しが見えたので、容態を聞くため『滝口』と声をかけたところ、浩二が嘔吐し気持ちが悪そうに見えたので、回しを外して脱糞しているのを認め、浩二の身体に異常が生じたことを感じ、同四五分ころ、医師の診療を受けさせるため、千葉県富津市所在の天羽診療所での診療の可否を調べ、午後四時ころ、玄々堂君津病院に電話で診療を依頼したのに続いて救急車の出動を要請し、午後五時一一分ころ浩二を救急車で病院に搬入して医師の診療を受けさせたのであるから、白石教諭には何らの過失もない。

(2) 仮に浩二の急性心不全の原因が熱中症であるとしても、①熱中症は、産業医学あるいは運動生理学の分野において最近研究発表されるようになった疾病であるため、一般内科医においてもこれに対する知識を持っておらず、現に補助参加人も浩二の病名を熱中症とはしていないこと、②臨床的には熱痙攣、熱疲労及び熱(日)射病に分類され、熱疲労は熱射病の前段階と理解されているところ、相撲は回しだけの裸体に近い姿で土の上で行う運動であり、本件におけるように木造家屋内で相撲を行っていて熱中症に罹患した事例が皆無であっただけでなく、本件合宿当日、相撲に参加した多数の中学生及び高校生のうち、身体に異常が生じたのは浩二唯一人であったこと、③浩二は、高校一年生で自己の健康状態については成人同様の判断能力を有していたのであるから、体調が悪ければ白石教諭に対して、その旨を告げて医師の診療を受けたい旨申し出ることができ、同教諭としてもこれを期待することができたのに、浩二はこのような行為をしていなこいと、以上のような事情を考えると、医学知識のない白石教諭には浩二が熱中症に罹患することにつき予見可能性がなかったというべきであり、同教諭において、浩二が嘔吐するまで同人の身体に異常が生じたとは考えず、単なる疲労と考えて日影で休息させて回復を待ったことはやむを得ないことで、これをもって同教諭の過失とすることはできない。

3  被控訴人ら補助参加人(以下「補助参加人」という。)の過失

(一) 控訴人

病院において浩二の診療に当たった補助参加人は、医師として、浩二に対し、直ちに別紙記載aないしhの熱射病に対する治療をすべて行って予後不良の結果の発生を回避する義務があったにもかかわらず、右義務に違反して、浩二の症状を熱中症ではなく脱水症と診断し、熱疲労から熱射病に移行しつつあった浩二に対し、欠かすことのできない右の治療を行うことなく、漫然と高熱、脱水、全身痙攣、低血圧に対する対症療法として、氷嚢・水枕によるクーリングを行ったにすぎない上、浩二の症状が回復に向かったと判断して帰宅した過失により、容態が急変した際に適切な診療を行うことができずに浩二を死亡させたものであるから、右の過失を十分斟酌すべきである。

(二) 被控訴人ら

争う。

(三) 補助参加人

補助参加人としては、浩二に対し、別紙記載aないしhの個々具体的な治療法をすべて施さなければならないものではなく、右aないしhの目的を達するのに必要かつ十分な治療法を選択すれば足りるものであるところ、補助参加人は、正しい病態の把握と適切な治療に心掛け、最重症の熱中症を第一に考えて、次に述べるように、右の目的を達するのに必要かつ十分な治療法を施した。浩二が死亡したのは、病院への搬入が遅れたため治療の開始が遅れたからである。

(1) 気道、静脈路の確保について

病院は、浩二の入院後直ちに集中治療室に収容し、全裸の上に極めて薄手の衣類を付けただけの状態にして気道を十分に確保した。前腕に留置針で静脈路を確保し、輸液を持続的に行った。

(2) 体温冷却について

集中治療室は、冷房が良く効き室内温は二三度から二四度であった。病院は、浩二を全裸同然の状態にし、冷たい輸液を行った上、浩二の腋下及び股間を中心に全身クーリング(氷嚢による表面冷却)を行うことによって体温冷却に努めた。その結果、入院後約六時間で体温はほぼ三八度まで降下した。なお、浩二は、意識障害があり不穏状態で暴れていたので、同人に対し、冷水浴及び冷水での胃洗浄を行うことは危険であると判断した。

(3) 代謝性アシドーシスの補正について

動脈血のガス分析を直ちに行ったところ、軽度の代謝性アシドーシスが認められたが、BEがマイナス6.6mEq/lであり、脱水も原因の一つと考えられたので、敢えて重炭酸ナトリウムを直ちに使用せず、通常の輸液から開始した。

(4) 呼吸管理について

当初は浩二の自発呼吸はしっかりしており、誤嚥の心配もなく、喚気不全の兆候もなかったので、気管内挿管の必要はなく、酸素マスクにより酸素を投与した。本件合宿の翌日午前三時一〇分に病状が急変してからは、直ちに気管内挿管をし、人工呼吸も行った。

(5) 痙攣・脳浮腫に対する治療について

脳浮腫により脳圧が高くなっている可能性をも考慮しながら、浩二の不穏状態に対して安静を得るために、フェノバール(フェノバルビタール)、セルシン(ジアゼパム)を適宜使用した。

(6) 体液・腎不全の管理について

中心静脈圧以外の計測事項はすべて計測し、体液及び腎不全の管理に十分尽くした。中心静脈圧を測定するためには、鎖骨付近から上大静脈までカテーテルを挿入しなければ不可能であるが、一〇〇キログラム以上もある大男でしかも不穏状態で暴れている浩二に対し、右のような治療を行うことは肺を刺したり、合併症を惹き起こすおそれがあり極めて危険であるので強行しなかった。Swan-Ganzカテーテルについても、同様の理由によって強行しなかった。浩二の尿量は、約七時間で六五二ミリリットルであったので、輸液の効果は十分認められた。

(7) 循環管理について

血圧及び尿量をモニターしながら電解質及び糖液を持続的に輸液することによって、しだいに血圧も安定し(最高血圧一一〇ないし一二〇)、循環の安定が得られたので、この間、カテコールアミン類(昇圧剤)は使用しなかった。心電図モニターを用いて、不整脈の発症についても十分に注意した。

(8)播種性血管内凝固症候群(DIC)の治療について

来院時の血液データ及び臨床所見でDICの所見は全く認められなかったので、これに対する治療は行っていないし、その必要もなかった。

4  浩二の過失

(一) 控訴人

浩二は、高校一年生として自己の健康状態に関し成人と同様の判断力を有しており、身体に異常がある場合には、その旨と医師の診断を受けたい旨を白石教諭に申し出るべき義務があったにもかかわらず、かかる行為に出なかったのであるから、浩二には過失があるので、十分斟酌すべきである。

(二) 被控訴人ら

争う。

5  被控訴人らの損害

(一) 被控訴人ら

(1) 浩二の損害

①逸失利益 三六四六万七二六四円

②医療費 二万〇三六〇円

③葬儀費用 一六一万六一一一円

④慰謝料 一〇〇〇万円

合計 四八一〇万三七三五円

(2) 被控訴人らの相続

被控訴人らは、浩二の権利義務を各二分の一宛相続した。

(3) 弁護士費用 五七二万円

(4) 既払金(一四〇一万二〇一二円)控除後の被控訴人らの損害

合計額 各一九九〇万五八六一円

(二) 控訴人

争う。」

第三  争点についての判断

一  争点1(浩二が急性心不全を起こした原因)について

当裁判所も、浩二が急性心不全を起こしたのは、同人が熱中症に罹患したことが原因であるものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決七枚目表五行目の冒頭から同一二枚目表五行目の末尾までに説示のとおりであるから、これを引用する。当審において取り調べた証拠(乙一七、鑑定の結果)も右の認定判断を裏付けるものである。

1  原判決七枚目表四行目の次に行を変えて次のとおり加える。

「1 証拠(甲一四)によれば、浩二の遺体を解剖したところ、浩二には直接死因となり得る外傷及び重篤な病変はなかったが、心筋は肥厚し、大動脈起始部の幅は狭く、組織学的には軽度ながら心筋炎の所見が認められた。大腸内には暗褐色の液状内容物が少し存在していた。肺の組織学的所見では、高度のヘモジデローシス(組織内への血鉄素の沈着が病的に増加する状態。鑑定結果)があり、生前慢性的な肺循環の不全があったものと推認された。そして、眼けん結膜、眼球結膜及び心臓表面には溢血点が発現しており、肺に欝血及び水腫があったことから、急性の死亡であるものと推認された。」

同五行目の「1」を「2」に、同裏二行目の「2」を「3」にそれぞれ改め、同四行目の「七日」の次に「における気象条件をみると、千葉県勝浦測候所の観測によれば、」を加え、同九行目の「あったが」から同一一行目の「(甲三五)、」までを「あった(甲三八)。また、同県館山測候所の観測によれば、午後一二時三〇分の気温は29.9度、風速は2.9メートル、午後一時の気温は三一度、湿度は六〇パーセント、風速は2.4メートル、午後二時の気温は30.9度、湿度は五五パーセント、風速は2.6メートル、午後三時の気温は30.7度、湿度は五四パーセント、風速は2.9メートル、午後四時の気温は29.7度、湿度は五八パーセント、風速は3.3メートルであった(乙六)。天羽高校においても、右とほぼ同様、高温あるいは高温多湿の気象条件であったものと推認される。」に改める。

2  同八枚目表四行目から五行目にかけての及び同九行目の各「事故」を「本件合宿」に改める。

3  同九枚目表八行目の「なお見」ら同裏五行目の末尾までを次のとおり改める。

「なお、前記のとおり、浩二は下痢状の脱糞をしており、解剖の結果によっても、浩二の大腸内には暗褐色の液状内容物が少し存在していたことが認められたところ、解剖した木村康教授は、右の事実から浩二が生前下痢状態にあったことも窺われるとしており(甲一四)、また、証人白石芳照は、本件合宿の前日、浩二の母親から電話で『お腹の調子が悪いので食べ物には気を付けて下さい。』と言われた旨供述していることからすると、本件合宿当日、浩二が下痢状態であったものと認めることができる。被控訴人滝口悦子本人は、浩二が下痢状態にあったことを否定した上、浩二が前回の合宿の際に無理に多量の食事をさせられて胃を痛くしたことがあったので、白石教諭に電話で、今回はそのようなことのないようにして欲しい旨話したと供述しているが、証人白石芳照の証言に照らし、採用することができない。」に改める。

4  同一〇枚目裏一〇行目の「照し」を「照らし」に、同一一枚目表三行目の「本件事故当時」を「本件合宿当日」にそれぞれ改める。

5  同一二枚目表一行目の「グラウンド」の次に「や日陰になっているとはいえ体育館北側のコンクリートのたたきの上」を同行の「また」の次に「、顔に水をかけたほかは」を、同五行目の末尾に続けて「控訴人は、浩二は慢性的な肺欝血症と心臓の肥厚の疾病を有しており、これが急性心不全発症の大きな要因となったのである旨主張するところ、証拠(甲一四、証人島崎修次、鑑定結果)によれば、浩二が、本件合宿当日下痢状態にあった事実並びに軽度の心筋炎及び慢牲的肺欝血の状態にあった事実は、一般的には熱中症の発症及び増悪に影響を及ぼすことを否定することはできないが、心電図(甲二九の五ないし七)において特に異常所見が認められかった(鑑定結果)事実、及び浩二が本件合宿当日までは全く通常の生活を行っていた事実からすれば、浩二が前記のような状態にあったことが熱中症の発症及び増悪に及ぼした影響はさほど大きくはなかったものと推認されるのであって、控訴人主張の事実は、前記の認定判断を左右するに足りるものではない。」をそれぞれ加える。

二  争点2(白石教諭の過失)について

当裁判所も、白石教諭には過失があったものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決一二枚目表七行目の冒頭から同一五枚目表九行目の末尾までに説示のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決一二枚目表末行の「容体」を「容態」に改め、同裏九行目の「出る」の次に「こと」を加える。

2 同一三枚目裏二行目の「とおり」の次に「高温あるいは」を加え、同三行目の「にある」を「にあった」に、同末行の「言動」を「動作」にそれぞれ改める。

3 同一四枚目裏二行目の「道場から」の次に「グラウンドへ」を加え、同七行目の冒頭から同八行目の「おき」までを「ところで、本件における証拠関係を検討しても、浩二が道場からグラウンドに走り出た時刻については、これを確定することは困難であるが、白石教諭の述べるところ(乙一五の一、証人白石芳照)に従うとすれば、午後二時ころということになり、浩二をグラウンドに放置していた時間は僅かなものとなる。しかし、同教諭は」に改める。

4 同一五枚目表四行目の「えず」を「えないし、また、異常に気付いてから救急車の出動を要請するまでに一時間程度の時間を空費しているのであるから」に改め、同五行目の末尾に続けて次のとおり加える。

「そして、白石教諭が右の注意義務を尽くし、可及的速やかに浩二を病院に搬送していれば、救命の蓋然性は高かったものと認められる(証人日野英子、同島崎修次、鑑定結果)。」

三  争点3(補助参加人の過失)について

控訴人は、浩二が死亡するに至ったことについては、病院で治療を担当した補助参加人にも過失があるので、十分斟酌されるべきである旨主張するところ、本件においては、白石教諭に注意義務違反が認められ、かつ、同教諭の注意義務違反と浩二の死亡との間に相当因果関係があると認められる場合には、仮に浩二を治療した補助参加人に過失があったとしても、控訴人は補助参加人とともに共同不法行為に基づく損害賠償責任(不真正連帯責任)を負担することになるだけで、損害賠償責任を免れあるいは損害賠償額が減額されるものではないと解されるので、右の主張は、浩二は午後五時一一分ころ病院に到着した時点で、通常であれば死亡することは予想されない状態であったのに、補助参加人の著しい過失のために死亡するに至ったものであり、白石教諭の注意義務違反と浩二の死亡との間に相当因果関係がないとの主張であると理解される。

そこで、右の観点から補助参加人の治療の適否について検討する。

1  証拠(甲二の一ないし五、三の一ないし八、六の一ないし三、証人田村一雄、被控訴人滝口悦子本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 病院に搬入された当時の浩二の状態は、意識が全くない状態(意識喪失)で全身性痙攣があり、血圧が九六/五〇(低血圧)、腋下体温が39.9度(高体温)、脈拍は一六四(頻脈)であった。

(二) 補助参加人は、右の状態のほか、相撲練習後の浩二の状態及び病院搬入までの経過時間等を考慮して、浩二を直ちにクーラーで温室二三、四度に保たれた集中治療室に収容し、全裸の上に極めて薄手の衣類を付けただけの状態にした上、前腕に留置針で静脈路を確保し、輸液を持続的に行った。更に、浩二の腋下及び股間に氷嚢を置き、表面冷却を行うことによって体温冷却に努めた。その結果、入院後約六時間で体温はほぼ三八度まで降下した。なお、補助参加人は、浩二には意識障害があり、同人は不穏状態で暴れるような状態にあったので、同人に対して冷水浴及び冷水での胃洗浄を行うことは危険であると判断し、これを行わなかった。

(三) 一方、補助参加人は、動脈血のガス分析を直ちに行ったところ、軽度の代謝性アシドーシスが認められたが、BEがマイナス6.6mEq/lであり、脱水も原因の一つと考えられたので、敢えて重炭酸ナトリウムを直ちに使用せず、通常の輸液から開始した。

(四) 補助参加人は、当初は浩二の自発呼吸はしっかりしており、誤嚥の心配もなく、喚気不全の兆候もなかったので、気管内挿管の必要はなく、酸素マスクにより酸素を投与した。なお、翌日午前三時一〇分ころに病状が急変してからは、直ちに気管内挿管をし、人工呼吸も行われている。

(五) 補助参加人は、脳浮腫により脳圧が高くなっている可能性をも考慮しながら、浩二の不穏状態に対して安静を得るために、フェノバール(フェノバルビタール)、セルシン(ジアゼパム)を適宜使用した。

(六) 補助参加人は、中心静脈圧を測定するためには、鎖骨付近から上大静脈までカテーテルを挿入しなければ不可能であるが、一〇〇キログラム以上もある大男(実際には、体重は八九キログラムであった。甲一四)で、しかも不穏状態で暴れている浩二に対し、右のような治療を行うことは肺を刺したり、合併症を惹き起こすおそれがあり極めて危険であると考えたので、強行しなかった。Swan-Ganzカテーテルについても、同様の理由によって、強行しなかった。浩二の尿量は、約七時間で六五二ミリリットルであった。

(七) 補助参加人は、血圧及び尿量をモニターしながら電解質及び糖液を持続的に輸液することによって、次第に血圧も安定し(最高血圧一一〇ないし一二〇)、循環の安定が得られたので、この間、カテコールアミン類(昇圧剤)は使用しなかった。心電図モニターを用いて、不整脈の発症について注意をしていた。

(八) 補助参加人は、午後八時ないし一〇時ころ、血圧が上がり始め、脈拍も落ち着いて来、尿が出始め、口が乾いたのでジュースを飲みたいと言い、母親が分かる程度の意識状態になったことから、脱水症の症状が改善したものと判断して帰宅した。しかし、浩二は、その後、睡眠中の翌八日午前三時ころいびきをかき始め、同三時一〇分ころ多量の吐血をし、同二〇分ころ心停止の状態となり、同日午前四時二分死亡するに至った。

2  右1の事実及び証拠(乙七、証人島崎修次、鑑定結果)によれば、次のように判断される。

(一) 補助参加人が浩二の症状につき脱水症と診断したことには問題があるが、熱中症に対する治療は、次に述べるとおり、結果的にはほぼ適切に実施されたものと認められる。

(1) 熱中症に対する治療法としては、第一に高体温時の冷却が必要であるところ、その方法としては、①体表面から冷却する表面冷却法(a氷嚢法、bアルコール湿布による蒸散法、c冷却ブランケット法、d浸清法)、②中心冷却法(a体外循環冷却法、b冷却輸液静注法)、③体腔内冷却法(a冷却水による胃・膀胱洗浄、b腹腔内・胸腔内灌流法)などがあり、氷嚢法では、腋窩部、鼠径部、頸部など比較的太い動脈に近接している部分に氷嚢を置くのが効果的である。浩二の場合には、クーラーにより二三、四度に保たれた部屋に入れられ、腋下及び股間に氷嚢によるクーリング及び静脈からの輸液が持続的に行われ、その結果として体温の低下が見られたので、冷却の点において、補助参加人の措置に欠けるところはなかったというべきである。

(2) 輸液の量並びに痙攀及び不穏状態の改善を図るためにフェノバール及びセルシンを投与したことに不適切な点は見当たらない。

(3) 入院当時の浩二の身体状況からすれば、気道を確保するための措置として、気管内挿管をするのが適当であったということができるが、本件においては、浩二が本件合宿の翌日午前三時一〇分ころ嘔吐をした際には、当直医師の指示で気管内挿管をしており、入院当初にこれをしなかったことが浩二の死亡に影響を与えているものとは認められない。

(二) 補助参加人が帰宅した当時、血圧が上昇し、尿の流出も見られ、体温も低下傾向にあり、院内には当直医師も居たのであるから、帰宅したことをもって一概に不適切であったということはできないが、結果的には、カルテの至急指示表に記載した「バイタルサインチェックを一時間毎に行う」との指示(甲四の一)が八日午前〇時以降は行われておらず、そのため「尿量が減少した時はラクテックを追加」との指示(甲四の一)も意味をなさず、また、結果的に浩二の病態の変化を察知できなかったということができる。しかし、補助参加人が帰宅しなければ、浩二の死亡を防ぐことができたことを認めるに足つる証拠はない。

(三) その他、補助参加人の措置に浩二の死亡の原因となるような不適切なものがあったことを認めるに足りる証拠はない。

3  右1及び2に述べたところを総合勘案すると、白石教諭の注意義務違反と浩二の死亡との間に相当因果関係があるとは認められないということはできず、控訴人の前記主張は採用することができない。

四  争点4(浩二の過失)ついて

控訴人は、浩二にも過失があった旨主張するが、前認定の事実によれば、整理運動としての腰割を始めたころからの浩二の練習を忌避する行動は、当時の心身の状況下において浩二が身体が苦しいことを訴えるためになし得る精一杯の行為であったと認められないではなく、他に浩二が当時置かれていた環境下において身体が苦しいことをより的確に白石教諭に伝えることができたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人の右主張は、採用することができない。

なお、控訴人の前記第二の二1の主張が、浩二に体質的素因があったことを理由に過失相殺の類推適用を求める趣旨を含むものとしても、前記一に認定した浩二の本件合宿当時の身体的状況に鑑みれば、損害賠償額の算定に当たり過失相殺の法理を類推適用するのは、相当でないというべきである。

五  争点5(被控訴人らの損害)について

当裁判所も、被控訴人らの控訴人に請求し得べき損害額の合計は各一八〇一万五七四二円であると判断する。その理由は、原判決一五枚目表一一行目の冒頭から一六枚目裏一〇行目の末尾までに説示のとおり(ただし、原判決一五枚目表一一行目の「1」を「(一)」に同裏九行目の「2」を「(二)」に、同末行の「3」を「(三)」に、同一六枚目表四行目の「4」を「(四)」に、同七行目の「5」を「(五)」に同裏四行目の「6」を「(六)」に、同九行目の「7」を「(七)」にそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

よって、原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水湛 裁判官瀬戸正義 裁判官小林正)

別紙<省略>

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